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福岡地方裁判所 昭和30年(わ)1117号 判決 1958年7月03日

被告人 河村鉄男

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は起訴状記載のとおりであつて、右の事実は検察官提出の証拠によりこれを認めることができるのであるが、鑑定人向井彬作成の鑑定書、医師大脇義人作成の医証、証人西村キクの当公廷における供述を綜合すると、被告人は昭和二十四年十月二十三日鳶職見習として家屋建築作業に従事中、頭部に外傷を受け、受傷部位の外傷自体は治癒したが、爾来、意識喪失を伴う痙攣発作が起るようになり、九州大学医学部附属病院において昭和二十五年三月十五日骨片摘出及び瘢痕切除、同年七月七日瘢痕切除、昭和二十六年四月十七日膵臓切除の各外科手術を受けたが、快癒せず、現在外傷性癲癇に罹患していることが明らかである。そして右疾患には一般に、持続的精神特異性として癲癇性痴呆の症状が見られると共に、一過性の障碍として痙攣発作と精神異常発作すなわち朦朧状態が生ずることがある。被告人の場合もまたその例外ではありえない。被告人は本件犯行につき現行犯人として逮捕されて以来、取調官に対しては一貫して犯行を否認し記憶のないことを述べているのであるが、被告人の病歴、症状に徴すれば、右の否認は一概に否認のための否認として排斥し去るわけにいかないものがあり、また、証人宮原栄二の当公廷における証言自体を仔細に検討してみても、被告人の犯行当時の言動に異常な点が散見できないわけでもない。被告人が本件犯行当時、飲酒の影響もあつて、日頃の病的朦朧状態に発作的に陥つていたことについて疑を懐かないわけにはいかない。これを否定し、被告人が心神喪失の状態になかつたことを肯認させるに足る証拠は未だ充分であるとは言い難く、結局本件は犯罪の証明がないことに帰着するので、刑事訴訟法第三百三十六条に則り被告人に対し無罪の言渡をする。

(裁判官 小松正富)

(参照)

公訴事実

被告人は昭和三十年十月二十七日午後七時四十分頃福岡市東公園内一方亭横、ロータリー附近において、同所を自転車に乗つて通行中の宮原栄二(当二十二年)の前に立ちふさがり「交番所迄来い」と申向け同人をその附近の弓道場横暗がりに連行の上右宮原に対し「金を貸せ」と要求し之に応じない場合には更に暴行を加えるが如き態度を示して脅迫し以て同人を畏怖させ因て即時同所において現金六百二十五円を交付させてこれを喝取したものである。

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